デジタルシネマ第3回 歴史その2 ビデオの時代 放送

第3回 デジタルシネマの歴史 その2 ビデオの時代 映画からTV放送へ

ここでは日本におけるテレビ放送の歴史を説明していきたいと思います。それによって映画全盛の時代から大衆のメディアがテレビあるいは放送に映っていく過程を理解して欲しいと思います。

ラジオは1925(大正14)年のラジオ放送開始

テレビ放送の時代が来る前にラジオが発明され、各家庭に普及していきました。

日本でのテレビの起源

日本でもテレビ放送技術の開発が始まりました。
1926年12月25日
テレビ受像機の開発 高柳健次郎氏が開発をおこない、
「イ」の文字をブラウン管に放映、走査線40本秒14フレームでした。
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imagesGoogleロゴでもその記念日12月25日を讃えています。

1950年代、テレビ局が産声を上げ、テレビ放送の始まりを告げます。日本では、NHKが1953年2月1日に、民放では1953年8月に日本テレビが開局しました。とはいえ初期のテレビは高価な電化製品で、家庭に普及するには時間が掛かりました。国産のテレビは¥17,5000、当時の高卒の初任給は¥5,400の時代です。とてもすぐにはテレビは買えませんでした。代わりに街頭テレビが街角(駅前、百貨店、公園など)に置かれ、民衆はその前に集まりました。大相撲やプロ野球、プロレスなどに人々は熱狂したのです。

テレビ地方局が次々と開局し、チャンネル数が増えていきました。
1960年9月10日にNHKと民放各局はカラー放送を開始しました。

1963年日米衛星放送開始、最初の生中継はケネディ大統領暗殺
各家庭へテレビはすごい勢いで普及していきました。

1964年10月の東京五輪は日本のテレビ史における大きなエポックの1つとなりました。
静止軌道上の通信衛星を使用した世界初の衛星生中継をオリンピックというビッグイベントで成功

1969年7月21日、アメリカの宇宙船、アポロ11号が月面着陸に成功。人類史上初めて月面に降り立った模様が世界中に中継されました。
テレビが大衆のものになっていく中で映画はその地位が崩れていきます。日本の人口あたり年間の映画館への来場回数は15回から1.4回へと激減していくのです。

1982 音声多重放送(二ヵ国語放送・ステレオなど)

1985 字幕放送  NHK、日本テレビ
1990 ハイビジョンテレビ発売
1991年4月1日、日本初のBSペイテレビ「WOWOW」が本放送を開始

ハイビジョン Hi-Vision TV, a Japanese version of high-definition TV 30年ほど前からNHKが中心に開発してきた高精細度テレビ 走査線が1,125本で現行535本の約二倍。1991 試験放送始まる  1995スーパーハイビジョン研究開始

1996年6月30日、「JCSAT-3」による日本初のCSデジタル放送「パーフェクTV!」10月1日に本放送が開始されました。
本放送開始時のチャンネル数は、テレビが約70ch、ラジオは103ch。「パーフェクTV!」の開局で、CS放送は個人の趣向に合わせた数多くの専門チャンネルが楽しめる多チャンネル時代に突入したのです。
1998年5月、「パーフェクTV!」を運営する日本デジタル放送サービス㈱と「JスカイB」を運営するジェイ・スカイ・ビー㈱が合併し、サービス名称を「スカイパーフェクTV!」に変更。2000年の「ディレクTV」のサービス終了により、日本で唯一のCSデジタル放送のプラットフォーム

現在、テレビ局は地上波デジタル放送、BS放送、CS放送、ケーブルテレビ局あわせて◯◯チャンネルに上る。

いわゆるマルチチャンネル化

現在のように

1989年 アナログハイビジョン放送開始
衛星放送

放送は地上波デジタル、衛星波
地上波はフルセグとワンセグ

 

2003年地上波デジタル放送開始

2006年 ワンセグ放送開始

2011年地上波デジタル放送完全移行
放送がデジタル放送に変わることで放送のあり方に
放送と通信の融合

NOTTVとdビデオ

有料動画サービスの浸透

hulu
Uula
TSUTAYA TV
NETFLIX

ビデオテープが発明され、映像の収録や編集の仕方が劇的に進化しました。

編集機、ABロール編集、DVE合成、ディスクレコーダー、オフライン、オンライン編集

クォンテル、ハリー、ヘンリーの時代

ペイントボックス

インフェルノの到来 デジタル編集機の登場

アビッド、ファイナルカットプロ、プレミア

インターメディエート

http://www.hummingheads.co.jp/reports/series/ser04/140731.html


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