デジタルシネマ第5回 歴史その4 デジタルシネマ創世 ルーカスの野望とHD24p

ジョージ・ルーカスの野望とHD24p

1997年、SONYの厚木工場を訪れたジョージ・ルーカスは、「スターウォーズ」の新シリーズにあたり、新しいシネマ用のHDカメラの開発を依頼しました。その同じ夏,Lucasfilm社,SONY,Panavision社の3社の合意により、ビデオカメラとレンズの開発に取りかかります。”CineAlta(シネアルタ)“と名付けられた映画用のブランドネームは、1999年にその最初の24P対応のカメラSONY HDW-F900が完成し、その後の「Star Wars Episode II」で使用されました。F900は2/3″ 3枚式CCD撮像センサー、カメラ自体は1/48秒ずつ受光し、記録ヘッドの回転速度を遅くし、1秒間に24コマずつの収録とし、上記2セグメントを1コマとして収録して24P収録を行う方法24PsF(プログレッシブ・セグメントフレーム)が用いられました。テープはHDCAM-SPを使用。「スカイキャプテイン」(2004)「U23D」(2007)

F900は国内でも「ピンポン」(2002)「下妻物語」(2004)「デスノート」(2006)などの映画で撮影されました。当時の価格で650万円。

その後SONYは、”HDC-F950″や”HDW-F900R”、”F23″などのCINEALTAカメラのリリースを経て、フィルムと同じ35mmサイズのCCDを搭載した”F35″や、米国のフィルムカメラメーカーであるPanavisionが発売する”Genesis”のカムコーダー部の開発、リリースを行なうまでに至りました。解像度は1,920×1,080
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一方、松下電器もまたソニーの動きに対して対抗する為に新しい規格のカメラを考えていました。撮影監督、阪本善尚氏をアドバイザーに迎え、新しいシネマカメラを開発していきます。言わばSONYがルーカスの依頼で開発に至ったことに対抗する純国産映画用カメラです。ラティチュード(再現域)色の深さの再現力を備え、解像度こそ720p(1280 x 720)でフルHD1080には及びませんが、画期的だったのは秒4コマから60コマまでのバリアブル可変撮影が可能なことでした。

このシネガンマと可変撮影を可能にした“Varicam(バリカム)” AJ-HDC27Fを使って「突入せよ!「あさま山荘」事件」(2002年)を撮影しました。価格は740万円(本体のみ) DVCPRO HDシリーズの新製品で、1秒に4~60コマの間で撮影コマ数を設定する“バリアブルフレームレート”機能、映画フィルムに近い階調表現をビデオで可能にする“シネガンマ”機能、ドイツのカール ツァイス社の映画カメラ用の“35mm ウルトラプライムレンズ”を搭載しています。
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『突入せよ!「あさま山荘」事件』 予告篇
https://youtu.be/0mddMslo_po

だが、ソニーも松下も今後の映画用カメラが完全にフィルムからデジタルに代わるとは考えていませんでした。

ルーカスは、今後のSWシリーズはすべてデジタルで撮影し、デジタルでしか上映しない、そのためにデジタルシネマの上映館を全米に増やし、配給はすべて衛星配信していくと宣言しました。この動きは、一見ハリウッドや映画界に歓迎されるかと思われましたが、意外にも映画界は冷ややかでした。「Star Wars Episode I/ファントムメナス」は1999年全米で公開されました。35mmフィルムで撮影され、デジタルマスタリング、世界初のDLP上映が計画されましたが、結果としてデジタル上映された映画館はわずか4館(北米LA,NY)でした。1999年6月JVC ILA-12KとTexas Instruments サーバーはQuVis Server

Star Wars Episode II/クローンの攻撃」では、すべてのシーンを完全にSONY F900 HD1080x24Pで撮影をおこないました。まだHDCAM24Pテープによる収録ではありました。「Star Wars Episode III/シスの復讐」ではHDCAM-SRのRGB4:4:4サンプリング記録で全編収録されました。

全米の映画館、配給会社が冷ややかだったのは設備投資に数千万円の費用がかかること、フィルムへの信仰などがあります。当時としてはデジタル上映がフィルムよりも優れているという認識はされておらず、まだまだフィルムの再現性に劣るという見解でした。

Star Wars Episode I/ファントムメナス

Star Wars Episode II/クローンの攻撃


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